重岡建治先生のこと

今から15年ほど前に、足を痛めて伊東に温泉治療に行ったことがありました。
治療と言っても、その頃大変可愛がってもらっていた勝又さんという老夫婦が
お誘いくださり、一週間僕のために旅館の個室をとってくださいました。
素晴らしい料理に宿でただのんびりとして、それは楽しい療養だったのです。
大学在学中で僕が彫刻を専攻していたこともあり、それを気遣ってか
せっかく伊東に滞在してるのだから旅館に籠ってばかりでなく
伊豆高原の彫刻家の先生のアトリエに行ってみようと伺ったのが
彫刻家の重岡建治先生でした。
伺うと先生は満面の笑顔で迎えてくださり、丁寧に作品を一つ一つご説明くださった。
作品集をいただき、そこに直筆でサインと絵も描いていただいたのは今でも宝物です。
また、その時に助手をしていたのが僕の高校時代のクラスメイトのお父様でご縁を感じた。
それからは特にお目にかかることは無かったですが、年賀状やお手紙のやり取りはあって、
伊東市に行くと先生の作品を拝見し、その素晴らしさにいつも感動していた。
思い起こせば先生の作品は以前からよく知っていた。
一番身近な作品は我が家の隣の三木製菓さんにある天使の像でした。
改装する前、店の正面に飾られていたその作品を見上げ、なにか心に響くものを感じていた。
そんなこんなのご縁から、何とか先生の作品を手元に置きたいと常に思っていたのでした。
僕は勉強のために日本画や古美術、彫刻作品などを収集している。
もちろん、僕のような若輩絵描きが高価な作品は購入できないが
少しずつ食費を削り(笑)集め、今や50点ほどあります。
基本は身近な方の作品です。日本画の先輩、教えをいただいた先生。
そういった先生方の教えを思い出せるよう、感謝の気持ちも込めて手元に置いています。
そしてこの度、念願かない、本日その重岡先生の作品をアトリエに飾ることができました。
それがこの作品です。35センチほどの小さなブロンズですが
親子ののびのびとした生命力と人間愛を感じる素晴らしい作品。
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重岡建治作  『大地より生ずる』
本当に嬉しくて勉強になり、生きてる喜びや創作意欲が駆り立てられる。
芸術作品ってそういったものなんだと自分自身が収集しながら思う。
僕も人にそう思っていただける作品を作らなければならないとあらためて感じた。
とにかく先生の作品は素晴らしいので皆さまも伊東市に行きましたら
街中に沢山展示してあるのでご覧ください。
●重岡建治先生 プロフィール●
木彫、ブロンズ、大理石など様々な素材を手掛けている彫刻家の重岡建治氏。1977年に伊東市制三十周年記念として『家族』と題した彫刻を発表。現在までに13点が渚公園に設置され自然と一体化した作品群が親しまれています。「家族」「愛」「祈り」をテーマとした作品は、全国の公共空間に百体以上も在り、見て、触れて感動を伝えています。
旧満州生まれの重岡氏は、家族で山口県に引き上げ、その後、熱海に移住。中学生の時に京都近代美術館で開催中の日展で展示されていた、日本の代表的な彫刻家・圓鍔勝三氏の作品に感動し、“彫刻”を志す決意をします。高校卒業と同時に内弟子となり、彫刻の基礎や木彫の道具の使い方、木の選択方法などを学びます。約五年間、圓鍔氏に師事した後、自宅に戻って彫刻を続け、二十五歳で日展に初入選します。
世界に羽ばたくきっかけとなったのは、1960年に現代イタリア彫刻展(日本橋高島屋)で彫刻家・エミリオ・グレコの作品と遭遇したときでした。ローマで修行することを目標に懸命に作品を作り続け、三十五歳でローマに留学します。そこで国立アカデミア美術学校に入学し、グレコの指導を受けることになりました。デッサン重視の授業に戸惑いながらも前向きな姿勢を崩さず、彫刻家としての道を歩み続けました。
帰国後は、前記の伊東市の大事業をスタートとして、現在では、日本を代表する彫刻家として活躍しています。アトリエを豊かな自然が魅力の伊豆高原に構え、「伊豆高原アートフェスティバル」の運営にも関わっています。

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