熱海・森ちゃん寿しに想う

梅雨の中の小さな晴れ間。今は我が家で一年ぶりに小さな個展を開催している。年に数回開催してきた個展だが、僕も39歳となり今は制作の時間も体力も精一杯で年に2度が限界と感じてきた。来年からは個展は年に一度になることだろう。
何となく一年ぶりに個展や展覧会の案内でなくブログを綴ってみる。最近は毎日書いていたfacebookも月に一度、忙しさもあるが今は自らを見詰め直す時間を大切にしている。
この3月末に馴染みの寿司屋が惜しまれながら閉店した。昨年の伝説の焼肉屋に続いて本当に残念な出来事だった。森ちゃん寿し閉店の情報は一部の馴染みの常連客だけの極秘であったが、日に日に全国の森ちゃん寿しファンに広まり一ヶ月以上満席状態が続いていた。80歳になる親方の体力も限界に達しているのが見て取れていた。
最終日は17時の開店と同時に一番に暖簾をくぐった。その後30分しないうちに馴染みのお客で満席となり、親方自慢の最後のトロを大切に味わった。気持ちがいっぱいでいつものようには食べれない。途中、20組以上お客を断っていたので僕達数名は1時間ほど近所の店に移り、他のお客様に席を譲った。

店の空き具合を電話でやり取りし、戻りまた皆で親方への感謝の会を開催した。ただ僕は15年の思い出がいっぱいになってしまい涙が止まらなくなったので閉店を見届けるまではいないで席を立った。
帰りは親方森ちゃん、娘さん、親しい森ちゃん仲間が皆で外まで出てきて大きく手を振り見送って下さった。嬉しかった、さらに涙が止まらなく恥ずかしながら家まで号泣して帰った。
この店はある意味僕の人生そのものだった。この15年、僕の画業の一部でもあった。体調が回復した快気祝いはいつもここ。誕生日の最後もここで〆。日展に落選したときも入選したときもいつも親方は詳しくは聞かずとも『先生、いらっしゃい!』と笑顔で迎えてくれた。泣いたり笑ったり愚痴をこぼしたり、大切な友や仲間はいつもここに連れてきた。たくさんの方ともこのカウンターで知り合いになった。親友と呼べるような友もでき、親戚付き合いをするような人までできた。それもこれも親方のカウンターでのチャッチボールの上手が全てだ。
親方の人柄に惚れ、寿しの旨さ、食の大切さ。旨いものを教えてくれた原点は森ちゃんだったような気がする。ある意味、僕の父親のような存在だったのかもしれない。
思い出は書けば尽きないが、今はただただ感謝の気持ちで溢れている。

今日は我が家に元親方森ちゃんが来てくれた。個展と僕の仕事場を初めて見てもらった。少し痩せた森ちゃんだが、今は散歩をし白衣の親方からごく普通の老人になっていた。それも人の人生なのだと嬉しくなった。
森ちゃんは閉店間際にさまざまな人に、思い出の品や店の器などを配っていた。だが僕は一切もらわなかった。
これで僕の人生の第3章をスタートさせるためには、それが良いと思った。
ただ、僕が森ちゃんに作ってあげた湯飲みの見本だけはこれからの僕の人生の心棒として画室の片隅に大切に置いて置こうと思う。

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