祖父の遺言

祖父が亡くなって、一通の手紙とマイクロテープに吹き込んであった私への遺言がありました。
それには祖父自身の生い立ち、私への想いなどがありました。
愛情いっぱいに私を育ててくれた祖父。本当に感謝しています。
我が家は山梨県大月市が故郷。そこで曾祖父までは坂本材木店という材木屋を営んでました。
先祖代々の山林から木を切って商売をしていたのだそうです。
現在もその山林、屋敷はそのままにあります。

我が家の山林
小学校時代は別荘として夏休みは一か月、その家で過ごしていました。
友人のターボーやたこちゃん達とも泊まった思い出が・・・。
不思議なのは『坂本吉衛門大明神』という、私の先祖が神として祀られていること。
詳しくは書いてありませんが、昔は我が家にお札の版もあり、村の人がお参りに来てたとの話も。
屋敷の奥には今でも先祖からの宝の『丸い石』が二十三夜様などと祀ってあります。
親戚もよくその石はまだあるのか?と聞いてきます。私には普通の石にしか見えないけど。
庭には沢が流れています。その沢が大水になって石が流れた時も、村中の人と我が家の使用人の
人たちが総出でその石を探した昔話も。
そんな遺言の中でも3つのお願いがテープにありました。
まずは『政治家にはなるな』というものでした。
我が家は代々政治家一家。祖父は親の市議会議員選挙や伯父の衆議院選挙で
苦しんだこともあってでしょうね。財産も選挙で減らしたようですし。
まあ、選挙に出て当選する度に私腹を肥やす政治家よりはましかな。
また『政治家は自分より馬鹿な人間に馬鹿だと言われる』とも。
もちろん、今までも正直ちょっと話くらいはありましたが、祖父の遺言ですから
もちろん政治家にはなりません。まあ、なれないでしょうが。
『男なら人に使われるな、自分で事業を起こせ』ともありました。
まあ、小さいながらも私も一人で頑張ってますからね。
バイトも就職もしないのも実はそれもあって頑張ってるのかも。
親の七光りで親からの会社をやってる訳でもないしね。
最後は『親戚の会社に勤めるな、親戚とは事業を起こすな』とありました。
まあ、祖父もそれで苦労したせいでしょうか。
全て、自身の苦労からの遺言ですね。
どんな時も私を可愛がってくれた祖父でした。
苦しい時も、悲しい時も私を守ってくれました。
病院で最後の言葉は亡くなる10日前でした。私の誕生日、今日はみんながお祝いしてくれるよ
との呼びかけに『おめでとう』と声をかけてくれました。
最期の言葉までが私への祝福でした。涙が止まらなかった。
感謝をこめてその頃27歳の私は祖父のためにお墓を新しく建てました。
以前よりは小さいお墓になりましたが、私の精一杯の気持ちでした。
20代で墓も土地も家も買って、普通の20代とは違う生活を送りました。
そのころはほかの同級生は、カッコイイ新車を買ってオシャレをし、
彼女や友人とスキーや海外旅行といった爽やかな青春時代。
私は日展の勉強や教室、個展と仕事に夢中の寂しい20代で残念でしたが。
今はその分、自分の時間を充実して送っているように感じます。
それも家族や皆さんの応援のお陰。
人に愛されることは嬉しいですね。

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